すぐ傍の2人は100万歩より遠く…(傍→そば ここ振り仮名で)※1


 夫 死んだときで時間が止まっている。回想のときと同じ服で。
 妻 わりといいとこのお嬢さんだった。歳をとらせて欲しいが歳をとらない男との差が露呈しすぎないように。
 子 小学4年生。ちょっとやんちゃな感じに。

 回想時

 夫 そこそこ金持ちサラリーマン。
 妻 わりといいとこのお嬢さんだった。
 子 小学1年生。可愛らしい感じで。名前は決める必要アリ。



 眼下に海を臨む岬。
 絶壁から海を見下ろすようにして十字形の墓標が立っている。
 その前には暗い表情の女。しゃがみこんで手にした花束を墓標の前にそっと置いた。
 女の少し後ろには男。無表情で女の動作を見ている。手はポケットの中。腕時計は14時36分を指している。
 女はしゃがんだまま遠い目で墓とその向こうの空を見つめ、男は立ったまま空を仰いだ。
 うすぼんやりとした雲が空にベールをかけ光を和らげている。
 そして強く吹き付ける風が雲を流していく。



 男の回想

 そこそこ裕福な家のリビング。
 男がソファーに寝転がり、ぼーっと天井を見るともなく見ている。※2
 子「パパッ!!」
 突然、子供が男のお腹に飛び乗る。
 男「うぐっっ、…どうした、いきなり…」
 子「海いこ!!」※3
 男「海〜!?」
 う〜んと、首を捻る男。
 洗濯物を抱えた女、部屋に入ってくる。
 女「無理言わないの。パパは疲れてるんだからね」
 子「つまんな〜い!! パパっ海すきなんでしょ?」
 男、部屋の壁にあるサーフボードを見る。※4
 男「そうだなぁ。○○も海好きか?」
 子「うんっ! だいすきっ!! お魚も好きだし、カニさんも好きだし」※5
 子供、う〜んと頭を悩ませながら、指折り好きなものを数える。
 女、微笑ましそうにいう。
 女「大きくなったら何になるんだった?」
 子「イルカッ!!」
 子供のきれいな目と素直な答えに笑う男。
 男「イルカかっ。そいつはいい、名案だな」
 そういって子供の頭にぽんと手をのせる男。
 男「海、連れてってやりたいけどな。でもな、明日もお仕事があるんだよ。海まで行ったら帰ってこれないんだ」
 女「そうよ、○○ちゃん。パパは今お仕事が忙しいのよ」
 子供、顔を曇らせる。
 女笑って
「公園じゃダメなの?」
 子供少し考えて
 子「…はやく、公園いこ〜よ」
 父親、子供の頭をくしゃくしゃと撫でる、母親は2人を見て微笑んでいる。
 そのとき机の上の携帯電話が鳴る。
 表情を固くする男と暗くなる子供。※6
 男は携帯を開くと電源をオフにした。
 男「公園いこっか」
 ぱっと花が開いたように子供笑顔になる。

 近所の公園

 キャッチボールをしている男と子供。
 女は日傘を差して、少し離れたベンチで二人を眺めている。
 男「いつの間にこんなに上手くなったんだぁ?」
 子「毎日、お昼に野球してるんだもんっ」
 子供が投げる球は覚束ないながらも男に届いている。
 子「必っ殺ぁ〜っ」
 子供、調子に乗ってソフトボールの投球のように腕をぐるんぐるん回す。※7
 しかし放すタイミングを誤り、球は真後ろの方へ飛んでいってしまう。
 球はそのまま公園の出口の方へ。
 駆けてゆく子供をゆったりとした足取りで追いかける男。
 子供がボールを拾い上げたとき、何かに気がつき走り出す男。
 母親が目を見開いて、ベンチから立ち上がる。
 子供は呆けたように右手側に目をやる。そこには大型トラックが迫っていた。※8
 響く女の叫び声。公園の木から一斉に鳥達が羽ばたく。

 回想終わり

 女、しゃがんだまま、振り返らないで口を開く。※9
 女「元気してた?」
 男は前に回り込もうともせず、女の背中に答えを投げかける。
 男「すこぶる快調だよ」
 女「もう…3年になるわね」
 男「もうそんなになるか」
 少し無言。
 女「海、綺麗ね」
 男「ここは最高の場所だよ。海が好きなやつには」※10
 女「…」
 女、肩を震わせ黙る。
 男、一歩女の背中に近づいて、抱きしめようと手を伸ばす。
 しかし――
 女「…もうすぐ再婚するの」
 女の言葉を聞いた男は体を強張らせる。
 伸ばしていた腕を引っ込め、開いていた掌を握り、またポケットに突っ込んだ。
 女「ごめんなさい…」
 男「いや、幸せそうでなによりだ。おめでとう」
 女「まだ夢にみるの、あの日のこと」
 男「もういいんだ。もう、忘れるんだ…」
 女「あの日、私が公園にって言わなかった、ら……っ…ゎ…たしのせいで」
 男「忘れるんだッ! 生まれた瞬間から決まってるんだよッ…死ぬことは」

 女はっとなって立ち上がり、振り返る。※11
 男は驚いて女の顔を凝視する。女の目には涙が溜まっている。
 だが、女の目は男の遥かうしろに焦点があっている。
 男勘違いに気がつき、目をつむる。
 空には雲が少なくなってきている。

 男の回想

 トラックが目の前で子供に迫っている。※12
 子供はトラックを見つめたまますくみあがって動けない。
 必死の形相で子供に手を伸ばす男。
 ギリギリのところで男の手が子供の小さな体を――押し飛ばす。
 口元だけでにっと笑う男、無常にもトラックは接近して…

 回想終わり

 子「ママ、だいじょうぶ?」
 男の背後から声が聞こえた。
 そこには三年で成長した子供の姿があった。
 男は子供の方に目を向ける。
 女あわてて涙を指でぬぐう。
 女「ええ、もう、だいじょうぶ。おいで、パパにご挨拶しましょう」
 子供前に進み出て男の体にぶつかりそうになるが、
 そのまますり抜けて女の隣へ。2人には男の姿は見えていない。※13
 2人は墓の前に並んで立つ。男は後ろからその2人の背中を慈しむように見ている。※14
 子「こんにちは、パパ。僕、大きくなったでしょ?」
 男「さては牛乳いっぱい飲んだんだな」
 女「テストはいつもすごい点ばっかりでと〜っても賢いのよねぇ?」※15
 子供焦ったように
「うっ、体育は…クラスで一番だよ」
 笑いながら男。
 男「それでこそ俺の息子だ」
 子「ボクね、野球チームに入ったんだ。ピッチャーなんだよ」
 子供足元の石を拾って海に向かって思い切り投げる。
 男額に手をやって石を目で追う。
 男「いい肩になった…投げ返せないのが残念だ」
 女と子供無言になって海を見る。
 男、ポツリとつぶやくように言う。
 男「こんなに近くにいるのに、この手は100万歩行こうが届かないんだな」
 それから、ふっと笑って
 男「なんてな。たま〜に報告においで。パパここで大好きな海を見ながら待ってるからさ」
 誰からも、男の言葉に対する返答はない。しかし男は満面の笑みを浮かべる。
 腕の時計が太陽の光を受けきらりと光る。時刻は14時36分を指したまま。
 太陽を遮っていた雲が姿を消し、子供と女は地面に影を落としている。
 男の背後に影は出来ないが、子供と女の間に立つ十字形の墓は影を後ろに伸ばしている。
 三つの影はわずかに重なり合いまるで三人が手をつないでいるかのような影を作り出している。※16




※1すぐそばの100万歩より遠い二人
 序盤では男と女の距離が遠いものなのだという印象をつける。
 正しくは男から見た女と子供の距離を指すタイトル。

※2仕事で忙しくしていて久しぶりの休日。

※3パパが久しぶりに休みでいるので嬉しくてテンション高し。

※4昔はよく海に行っていた。海が大好きだという強調。海が好きだったという伏線。

※5男も子供も海が大好き。しかしながら子供が死んで海の見える場所に葬られた。
 とミスリードを誘うために、子供がめちゃくちゃ海が大好き、と読み手に印象付けるような演出で。
 男も好きだがさりげなく好きな感じで。岬に葬られる伏線。

※6仕事の電話。子供も慣れっこなのですぐにあっ、パパが行っちゃう、と思った。

※7もうぐっるんぐるん、でスポーンで感じ。

※8実際男は間に合って子供を助けて死ぬ。
 だけどここではあたかも間に合わなかったかのような演出を。
 ただし確実に間に合わないであろう絵はNG。
 ファーストシーンで読み手には男が生きて女といるところを見せているため、
 ミスリードの種は植えてある。露骨にする必要はなし。

※9女は墓に、墓の下で眠っている男に語りかけている。
 男は女の問いに一方的に答えている形。
 会話は一方通行だがまるで会話が成立しているかのごとくみせる。

※10海が好きなやつ。すなわち自分のことを指す。
 ただし読み手には子供が海を好きだという意識付けをしているので、子供が死んでいるのだろうという強調。

※11子供が近づいてきていてその足音に気づいて振り返った。
 男は一瞬自分の叫びが届いたのかと想像するが、視線を確認して勘違いであると悟る。

※12ここは無音のほうがスピード感が出るかも。

※13男は実体がないのでうまいことすり抜けさせてくださいw
 言ってしまえば丸投げですw

※14この場所に二人が来るのは久しぶりのこと。男には嬉しそうに。
 女が来た段階でも嬉しかったが、女がとても暗い表情だったので男も悲しくなって冒頭の方では暗い演出をした。

※15皮肉。子供は勉強は苦手でいつも勉強しなさいと叱られてるんだなってイメージ。

※16ラストシーン
 十字型の墓標の右と左の突出した部分を手に見立てて、女と子供の手とつなげる。
 これで三人が手をつないでるように見せるのは無理がありますかねぇ?w
 ここはできるのか自信ないw



曇りから晴れへ補足。
ストーリーの展開上の演出であるとともに、
前半で男に影がないことを悟られないために影が出来なくておかしくない状況を作り出すため。


止まった時計補足。
男が死んでいることの伏線の一つ。
一度目は現在時刻のようにさり気なく。あまり伏線らしく見せるのではなくあくまでさらっと。
二度目はしっかりとアップで時計を映す。
三度目は駄目押し、一度目と時刻が変わっていないことで時計が壊れていることを強調。

男について補足。

男はすでに死んでいて幽霊としてそこにいる。
誰の目にも見えない。触れない触られない。影もなし。
回想のときで時間が止まっている。
歳はとらせない。服は出来るならば回想時と同じものが好ましい。

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